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月刊JGAニュース

改元を迎えるにあたり  

株式会社陽進堂
代表取締役社長 北村 博樹

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今年は「平成」という元号が改元され新しい元号に変る節目の年であります。まだ、新しい元号名は決まっていませんが、果たしてどんな元号になるのか、そしてどのような時代になるのか、期待しながら待ち望む今日この頃です。
 元号は紀元前の中国、前漢の武帝の時代に、漢字と数字の組み合わせで年次を表したのが始まりとされ、皇帝が領土や領民を時間的に支配する、その支配の象徴だったという説もあります。
 中国からの影響を受け、日本では、西暦645年に孝徳天皇が定めた「大化」から今の「平成」に至るまで、1300年余りの間に247の元号が使われてきました。日本ではかつて天皇の代替わりだけではなく、自然災害などを理由に改元が行われたこともあったらしく、天皇一代で8回も改元したという記録があるそうです。
 明治の改元の際に、こうした慣習が改められて、天皇一代に使う元号を一つとする「一世一元制」が採用され、その後、「大正」「昭和」「平成」と改元されてきました。
 改元に際し、世間では西暦と元号の並立は不便であり、西暦に統一したほうが良いとの意見もありますが、私は西暦という世界標準とは別にローカルな「ものさし」を併用することについて、それほど不合理とは思いません。西暦はキリストの生誕の翌年を紀元として定められており、区切り無く永遠に続く年号です。しかしながら、文化や慣習が永遠に普遍であるということは皆無であり、ある程度のスパンで区切ったほうが整理しやすく、一つの時代として人の心に強く印象づけられるからです。
 私も二つの元号を跨いでいますが、自分の人生の節目と元号がリンクして記憶に刻まれています。「昭和」では幼少期~青年期、「平成」では青年期~壮年期を過ごしてきたわけですが、「昭和」では小、中、高、大学と進学、そして就職、結婚、「平成」では子供ができ、そしてその子供が進学、就職、結婚と、プライベートでのビッグなイベントが自分の中では元号で示す年号と強く結びついています。
 「昭和」には世界大戦があり、敗戦後の民主化、また経済の高度成長と変動の大きい時代で、よく「激動の時代」と言われてきました。そして「天地、内外ともに平和が達成される」という期待を以ってつけられた「平成」を振り返ってみると、バブル経済の崩壊や大きな自然災害が相次ぐなど、昭和ほど激動の時代ではなかったにせよ、「静なる激動の時代」ではなかったでしょうか。ジェネリック製薬業界にフォーカスを当ててみても、ジェネリック医薬品の使用促進策が政府から次々と打ち出され、業界は大きく成長しましたが、ここにきて薬価制度の抜本改革が示されたことにより、厳しい方向へと向かい始めました。まさしく、ジェネリック製薬業界にとって「平成」は激動の時代と言えるでしょう。
 陽進堂はというと5年前より輸液・透析事業への参入、バイオシミラーの開発と、次の時代に向け、新しい事業に取り組んできました。これからの医療制度の中で、陽進堂に何ができるのか、どう貢献できるのか、そして我が社のスローガンである「世の中になくてはならない会社になる」を実現するため、日々思いを巡らせています。新元号が良い時代になることを期待し、そして我が社にとって飛躍の時代になるよう更なる努力を重ねていきたいと思います。

 

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