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編集後記

オリンピック偶感

 東京オリンピック 2020 も、あと1年になりました。ふと思い出すのは、ドーピング検査のお手伝いをした 1972 年の札幌冬季オリンピックのことです。その 4 年前、グルノーブル冬季オリンピックでのドーピング検査では、検査数 86 陽性 0、さらに競技見放題、高収入という話をお聞きし、就職していた某製薬会社の営業職を振って、オリンピックのドーピング検査に没頭しました。
 私の仕事は、各競技抜き打ちで採取した尿検体を封印して、ドーピング検査場(北海道立衛生試験所)への搬入という簡単な仕事でした。札幌オリンピックのドーピング検査は、現在の禁止薬物と異なり、覚醒剤(アンフェタミン・メタンフェタミン)のみでした。結果は検査数 211、そのうち陽性が 1 例出ました。その 1 例は、団体競技に参加しメダルを獲得した某国の選手の尿からで、国際問題まで発展し外務省をも巻き込んで検査のやり直しになりました。数度の検査を実施しましたが、やはり陽性の判定になり、メダル剥奪という悲しい結果になりました。
 国際的なアンチ・ドーピング活動は、IOC(国際オリンピック委員会)が中心になって行ってきました。しかし、アンチ・ドーピング活動は独立した組織が中立の立場で行うべきであり、またスポーツ界だけでなく社会全体が取り組む問題であることから、1999 年に IOC と各国政府の協力により WADA(世界ドーピング防止機構)が設立され現在に至っています。
 東京オリンピック 2020 では、個人だけの問題でなく国までも巻き込むドーピング検査陽性者が国内外ともに出ないことを切に願っています。


(S.T)

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