国民皆保険と薬価制度を考える
ミクス編集部 デスク 望月 英梨 氏
2024年度診療報酬改定に向けた議論がスタートした。「これまでの歴史の積み重ねで、薬価算定ルールを作成、手直ししてきた。このルールに基づいて計算すると、“安くなるから高くなるようにしてくれ”ではルールを作る意味がない」。中医協診療側の長島公之委員(日本医師会常任理事)は7月12日の中医協薬価専門部会で、こう断じた。
24年度薬価改定に向けた製薬業界の主張は、特許期間中の薬価維持や、基礎的医薬品や不採算品再算定などの「薬価を下支えする仕組みの充実」など、薬価上の下支えを求める声が目立つ。ただ、7月5日の中医協薬価専門部会では、診療側の長島委員は、「薬価が下がるのは安売りしているのも原因だ。薬価を維持すれば解決する問題ではない」と指摘。診療側の森昌平委員(日本薬剤師会副会長)は、「安定供給していることはある意味、当たり前のことで何か評価するものではない」と強調した。支払側の松本真人委員(健康保険組合連合会理事)もまた、「今でも大変厳しい医療保険財政が生産年齢人口減少で今後ますます厳しくなるということを議論の前提として、しっかり再認識いただきたい」と述べるなど、診療・支払各委員から厳しい声が相次いだ。
さらなる議論となった7月12日の薬価専門部会でも、診療側の長島委員は、「市場(価格)を反映するという国の姿勢に基づき、薬価が維持されるかどうかは、製造販売業者と卸、そして購入する我々(医療機関)の自由取引の結果が反映されるものと理解している。薬価調査結果の乖離率を無視してまで薬価を維持するというのは難しい」と釘を刺した。
言うまでもないことだが、日本の薬価制度は市場実勢価格主義が貫かれている。毎年薬価改定が導入されているといえども、製薬企業を含む流通当事者が合意しなければ、薬価は勝手には下がらない仕組みとなっている。厚生労働省の「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」では、最低薬価では安定確保医薬品であっても平均乖離率が高い傾向にあるとのデータを提示されている。最低薬価品目では価格がいくら引き下がっても改定前薬価まで薬価が戻る仕組みがあることから、「総価取引の調整弁」として使われている実態も指摘されている。
不採算品再算定をめぐっては、23年度薬価改定で、臨時的・特例的に製薬企業から申し出のあった不採算品目全品目1100品目に同ルールを適用した。厚労省医政局医薬産業振興・医療情報企画課は3月に事務連絡を発出。「今回、不採算品再算定の適用となった医薬品は、安定供給を確保する必要が特に高いと考えられる品目として製造販売業者から報告されたものであり、その安定供給を継続させていくために、適正な価格で流通することが望まれる。今回の不採算品再算定が実施された趣旨に鑑み、これら医薬品が適正な価格で流通するよう」周知を求めている。中医協では、支払側の松本委員が「不採算品再算定品目の仕切価がどう変動したかというのを絞って次回以降データとして提示いただきたい」と事務局側に要望しており、今後エビデンスに基づく議論が進むことも想定される。
ドラッグ・ラグ/ロスをめぐり、「欧米並み」の薬価水準を求める声もあるが、米・バイデン大統領が世界的な物価高やエネルギー価格の高騰に対応する目的で、昨年8月に「インフレ抑制法」に署名し、成立した。高齢者が薬局で購入する処方薬に支払う金額を年間2000ドルに上限設定するというもので、これにより一部の医薬品は、製薬企業と交渉し、薬価を引下げている。 自由価格・自由主義経済を掲げる米国にあって、糖尿病治療薬のインスリンが高額であることなどが社会問題化し、一般生活者や患者団体の
声に押されて米イーライリリーが価格を7割引き下げることも起きた。
長島委員は、「米国の桁外れの薬価設定は、米国自体でも問題になっており、欧米と同じ薬価を設定できるようにすることで、ドラッグ・ラグがなくなるというのは言い過ぎではないか」と指摘する。
実際、新薬について言えば、IQVIAデータによると、特許期間中の医薬品市場の2027年までの5年平均成長率(CAGR)は日本ではプラス6.5%となっており、魅力のない市場と見るのは難しい側面もある。
24年度はトリプル改定を控える。少子高齢化が進み、歳出圧力が強まる中で、製薬業界にとっては厳しい議論が想定される。有識者検討会は、国民目線、ファクトベースで課題解決を検討する目的で設置された。中医協でもエビデンスに基づく議論の必要性が診療・支払各側からあがっている。製薬業界には企業目線でなく、国民目線のエビデンスに基づいた、建設的な議論を期待したい。