製造コスト増にどう対応? 抗菌薬の国産化問題
報道局 海老沢 岳 氏
現在、日本国内で使用されるβ-ラクタム系抗菌薬の原薬は、ほぼ中国からの輸入に依存している。肺炎などの感染症治療や手術時の感染予防に必須の医薬品だが、原薬の供給ルートが限られると、供給不安のリスクが付きまとう。この構造を見直すため、国は553億円を投じ、抗菌薬の国産化に取り組んでいる。▽Meiji Seika ファルマ▽富士フイルム富山化学▽大塚化学▽シオノギファーマ―の4社が体制を整備中だ。
原材料の製造で中心的な役割を担うMeijiや塩野義製薬によると、国が製造設備の新築や改修費用の2分の1を助成したことで、2030年の製剤供給開始に向けた体制整備が進んでいるという。
ただし国産化は、製造コストが高くなるという問題もはらむ。中国の原薬メーカーは、日本を含めた全世界に原薬を輸出しているため、大量製造によって安く製品を供給できる。だが原薬を国産化した場合、供給先は主に国内になるため、製造量が限られ、スケールメリットを得られなくなってしまう。β-ラクタム系抗菌薬の原薬4成分を国産化すると、その製造コストは海外製に比べて3倍から10倍に高まるとの試算もある。この問題をどう解決するか、関係者が頭を悩ませている。
●原薬費5倍なら最終コストは1.8倍に
抗菌薬の原薬を国産化した場合、最終的な医薬品の製造原価にはどれくらい影響するのか。Meiji Seika ファルマの田前雅也執行役員によると、仮に原薬価格が中国製に比べて5倍高かったとしても、単純に最終製品のコストが5倍に跳ね上がるわけではないという。
抗菌薬1錠の薬価が100円だと仮定して、中国製の原薬を使った場合、原薬の原価は2割程度を占めるという。この場合、原薬のコストは20円だ。もし製造コストが5倍の国産原薬を使用すると、抗菌薬1錠分の原薬価格は100円になり、その他のコストも含めると最終製品のコストは約180円になってしまう。
だがメーカーの製造原価が上がったからといって、そのまま薬価に反映されるわけではない。ほとんどの抗菌薬は発売から長い年月がたっており、先発医薬品と後発医薬品の薬価は同額のことが多い。薬価が同じ100円となると、国産化に取り組んだ企業は1錠当たり80円の赤字を出しかねない。
特例的に国産の抗菌薬に180円の薬価を付けてもらったとしても、今度は患者負担が増し、医療現場で使われない可能性がある。まして抗菌薬は手術時などに病院で使われることも多い。医療費が包括払いのDPC対象病院は採算の悪化を懸念して、割高な国産抗菌薬を採用しないケースが多くなるだろう。
●コスト問題にさまざまな案
そこで田前氏は、いくつかの私案を検討している。その一つが、同じ成分を扱う全ての製薬企業が協力し、国産原薬を一定割合使うことで製造コストを均等にする、という大胆な案だ。メーカーが安い中国製の原薬ばかりを使わないよう、法律で規定することを考えている。
別の案として、供給開始から5年程度は、薬価では足りない製造原価との差額分を国費で手当てし、赤字を穴埋めするというアイデアもある。その期間内に原薬メーカーが欧米など日本と利害が一致する国に日本製の原薬を売り込み、供給契約を取り付ける。グローバルの原薬供給網が出来上がれば、スケールメリットで製造コストを下げられる―というシナリオも挙げた。
塩野義製薬は、状況に応じて国に抗菌薬を買い上げてもらうことを提案している。さらに「最新技術の投入で製造を効率化し、コストを下げたい」との考えも示す。まずは企業努力でコストを下げるが、自社で解決できない問題には国の支援を要請するという考え方だ。
●中医協でも議題に
抗菌薬メーカーと厚生労働省は、補助金事業が始まる前から製造コスト増の問題を議論してきた。そうしたこともあり、厚労省は3月12日の中医協総会で、国産原薬の使用によるコスト増を議題に上げ、薬価や時限的補助など具体的な対応策を検討する方針を示した。
保険局医療課によると、この問題は28年度もしくは30年度の薬価制度改革で取り上げる可能性があるという。ただ、どのような提案を行うかは今後の検討課題だとしている。
●リスク分散へ、覚悟が必要
国産化するβ-ラクタム系抗菌薬の使用量は、国内で使用される注射用抗菌薬の85.8%(21年)を占める。その原材料と原薬は、中国からの輸入品がほぼ100%を占める。中国との良好な関係が今後も保たれるのなら、それに越したことはない。ただ、19年に起きた抗菌薬セファゾリンの供給不足は外交問題とは関係なく、中国国内の環境規制の強化で原材料メーカーが操業停止になり発生した。その影響で、日本国内でも一時的に手術を遅らせるケースがあった。抗菌薬の供給問題は、いつでも再発しかねない。
医薬品の原材料調達をほぼ1国に委ねるのはリスクが高い。今後は原薬と製剤の設備投資だけでなく、製造のランニングコストについても議論が行われる。リスク分散のためには、多少の国民負担増を覚悟する必要があるのではないか。