中東の衝撃、製薬業界に波及
報道局 海老沢 岳 氏
包装資材は納期未定、ナフサ製品値上げ
米国とイランの軍事衝突によるホルムズ海峡封鎖の影響が、製薬業界にも徐々に広がっている。医薬品容器の原材料にもなるナフサについて、国は「年内の供給はめどが立っている」と説明するが、製薬各社の現場には、包装資材メーカーなどから「次回以降、納期通りに納品できるか確約できない」との通知が届いている。さらに包装資材の仕入れ価格は2〜3割程度上昇。製薬企業は値上げを受け入れざるを得ない状況になっている。
ナフサは原油を精製して作られる石油製品だ。PTPシートなどの包装資材の原料や、医薬品の化学合成に使う溶媒、原薬の骨格原料など、幅広い用途がある。日本の産業界は、紛争が起きる前はナフサ調達の約45%を中東地域に依存していたが、現在は官民で協力しながら、中東以外の調達先へと切り替えを進めている。調達先の多角化や国内在庫の活用により、政府は「年内供給にはめどが立った」と説明している。
○資材値上げが利益を圧迫
だが、そうした国の見通しとは異なり、製造現場レベルでは供給不安が顕在化している。日本製薬団体連合会・安定確保委員会の田前雅也委員長(Meiji Seika ファルマ執行役員)によると、紛争が始まって以降、PTPシートやプラスチックボトル、シリンジなどを扱う包装資材メーカーから、▽新規顧客の注文は受けない▽納期を確約できない▽○月以降の供給を保証できない―といった通知が届くケースが増加している。安定確保委員会に加盟する各社は、同じような状況になっているという。
包装資材や溶媒の価格は2〜3割上昇している。田前氏は「値上げを受け入れたくはない。しかし、拒否すると原料供給が止まる。薬価は固定されているため、利益が圧迫される」と語る。
大手後発医薬品メーカーの関係者も「ナフサ由来の包装資材を中心に、値上げ要請が相次いでいる」と明かす。現時点では工場の操業に直接的な影響は出ていないものの、緊張状態が続いているという。
製薬企業の購買・調達担当者は、「薬は人命に関わるため、納期遅れは困る」と必死に交渉を続けるが、商社や化学メーカー側からは「食品も人命に関わる。薬だけ特別扱いはできない」と反論を受けるケースもあるようだ。
○資材調達の不透明感、拭えず
一方で、一時的に製品を製造できない一歩手前まで追い込まれたケースもある。中堅後発品メーカーの関係者によると、自社工場で製造する軟膏剤を充填する包装資材のアルミチューブについて、容器メーカーから「6月以降、アルミチューブを納入できない」との話を受けたという。容器メーカーはアルミチューブにインクで印刷を施し、後発品企業に納入していたが、印刷する溶媒のインクを購入できず、その影響でアルミチューブの納入ができなくなるということだった。
結局、この後発品企業が厚生労働省と経済産業省の合同対策本部に相談したところ、国がインクメーカーと話を付け、インクを特別に融通してもらうことで製造停止を防ぐことができた。
ただ、この件とは別に、ポリエチレン製注射用アンプルでも問題が起きている。ポリエチレンを扱う原料メーカーから「8月以降の出荷は未定」という通知を受けており、資材調達を巡る先行きの不透明感は解消していない。
○政府、需給調査で状況把握
厚労省医政局医薬産業振興・医療情報企画課は日刊薬業の取材に対し、「状況は把握しており、案件ごとに目詰まり解消を進めている」と説明。現時点で、医薬品の安定供給に重大な支障は発生していないとしている。
厚労省は週1回、日薬連を通じて各社に石油関連製品の需給調査のチェックリストを送付し、供給不安案件を把握している。上野賢一郎厚生労働相は11日の参院決算委員会で、「ナフサについては人命に関わる用途を最優先に配分する考え方を経済産業相と共有している」と答弁し、医薬品向け供給を重視する姿勢を示した。
供給不安が続く中、製薬企業側が実需以上の資材を前倒しで確保しようとする動きが出始めていることも取材で分かった。こうしたサプライチェーン川下の需要変動が、上流に伝わるにつれて増幅され、結果的に品不足を招く「ブルウィップ効果(目詰まり)」が起きている可能性もある。
○供給網の課題洗い出しと対策を
政府の目詰まり解消策は一定の効果を上げているものの、紛争が長期化し、ホルムズ海峡の封鎖が続けば、生命関連物資の供給を左右する国家安全保障上の問題に発展しかねない。秋野公造参院議員は11日の参院決算委員会で、不測の事態に備えて、揮発性が高く、長期備蓄が難しいナフサを化学製品に加工した上で備蓄することを提案した。
ある製薬業界関係者は日刊薬業の取材に対し、厚労省が毎週実施している石油関連製品の需給調査を活用して、供給不安の懸念が製薬企業から多く寄せられ、対策が必要な石油関連製品について、優先順位付けを進めるべきだと提言する。厚労省は調査を通じて、医療への影響が大きいナフサ由来などの石油関連製品の全体像を把握している。この人は「そうした情報を基に、各社共通の供給リスクが高い医薬品製造用資材をリスト化し、代替供給元を事前に探しておけば、有事の際にも迅速な対応を取れるようになる」と指摘する。
コロナ禍では官民が知恵を絞って危機を乗り越えたが、今回もまた、平時には見えにくい医薬品サプライチェーンの脆弱性が浮き彫りになった。生命関連物資の供給を途絶えさせないためにも、政府と産業界は迅速かつ柔軟に対応する必要がある。